2014年3月3日

第363巻 「禅」

第363巻 「禅」
吉岡棟一  廣田尚敬著 1976年刊行
 曹洞宗の僧侶の著者が、禅道はどこでもなく人の精神の中にあることを、参禅会に参加する人びとの様子や禅堂での雲水の生活、禅文化を紹介しながら解き明かして行く名著です。



「もしもあなたが、禅に心ひかれるものおぼえたとしたら、禅の入り口までは案内することができる。ただし、門から先はあなた一人だ」自分の精神の中にあるものと向き合い、探求する修行は手を取って教えられるものではありません。だからこそ禅は「己一人」で歩く道なのです。


「茶禅一味」という言葉があります。茶と禅は一体であるという意味ですが、禅も茶道も、とにかく座り、精神を統一し、自己の精神と身体を律する修練であると言う点で、全く同じなのです。


「禅寺独特の行儀作法や規則があるが、これらはすべて理にかなっており、座禅同様に作務、行鉢(食事)など一切が修行である。一滴の水、一粒の米に感謝しながら営む僧堂生活には、心の迷いを覚ましてくれるなにかがありそうだ」



「相手よって得たおのれは、幻のおのれであって、真実のおのれではない。救われたいという願望を他に求めないで、自分自身に求めるとき、その時こそ、禅の出発点に立ったのである」


0 件のコメント:

コメントを投稿